見学で、第一印象は決まってしまう
病院やクリニックにとって、職場見学(オープンホスピタルや病院説明会とも呼ばれます)は、採用活動における事実上の「初日」と言えるでしょう。この最初の数十分から1時間ほどの体験が、見学に来た看護師の心に「ここで働いてみたい」という前向きな気持ちを育むか、「自分には合わないかもしれない」という小さな壁を作ってしまうかを大きく左右します。
第一印象がその後の関係性に長く影響を及ぼすことは、心理学における「初頭効果」としても知られています。見学という短い時間で感じた安心感や信頼感は、その後の選考プロセス、ひいては入職後の定着率にまで影響を与える、非常に重要な要素なのです。
日本看護協会が公表した2023年度の調査結果によると、正規雇用看護職員の離職率は11.3%でした。特に注目すべきは、新卒看護師の離職率が8.8%であるのに対し、既卒、つまり経験を持つ看護師の年度内離職率が16.1%にのぼる点です。これは、新しい職場への適応に課題を感じる経験者が少なくないことを示唆しています。前年度と比較すると、全体的に離職率はわずかに改善傾向にありますが、依然として多くの医療機関が人材の確保と定着に苦心している状況は変わりません。
このような状況において、「最初の体験」の質を高めることは、極めて効果的な打ち手となります。見学の段階で、候補者が抱える漠然とした不安を丁寧に解消し、この職場で働くことへの具体的な期待感を育てることができれば、その後の応募や、入職後の早期離職を防ぐ確率を大きく高めることができるのです。
この記事では、見学の場で「誰が、何を、どの順番で伝えるか」という点を、具体的な事例を交えながら、明日からでも実践できる形に再構築します。多忙な医療現場でも無理なく運用できるよう、最小限の工数で最大の効果を発揮する「型」として整理しました。記事の中には、各担当者ごとの台本や、当日の流れをまとめたタイムライン、そして準備を確実にするためのチェックリストも用意しています。
さらに、見学だけで終わらせず、短期のお試し勤務へとスムーズにつなげる運用方法も随所でご紹介します。これは、候補者にとっても、受け入れる医療機関側にとっても、心理的な負担が少なく、ミスマッチを効果的に防ぐための現実的な導入手順です。
背景・課題:見学の現場でよく起こる「つまずきポイント」
多くの医療機関で見学は実施されていますが、その効果を最大限に引き出せているケースは、残念ながら多くはありません。ここでは、見学の現場で陥りがちな失敗例と、その背景にある課題を整理します。
よくある失敗例
- 案内役がその場しのぎになってしまう担当者が多忙な業務の合間を縫って対応するため、十分な準備ができていないケースです。最初の挨拶はしたものの、その後の説明に具体性がなく、候補者からの質問に対して、その場しのぎで、担当者によって違う回答をしてしまうことがあります。これでは、組織としての一貫性が感じられず、候補者に不安を与えてしまいます。
- 伝える順番が適切でない候補者の緊張をほぐす間もなく、いきなり慌ただしい病棟や外来を案内してしまうパターンです。良かれと思って現場のありのままを見せようとしても、情報量が多すぎると、候補者は何を見ればよいのか分からず、ただただ疲弊してしまいます。特に、まだその職場で働くかどうか決めていない段階では、専門的な機器の操作や複雑な業務フローを見せられても、自分ごととして捉えることができず、かえって「私には無理かもしれない」という気持ちを助長しかねません。
- 候補者の「怖さ」を放置してしまう候補者が本当に知りたいのは、華やかな設備や高度な医療技術だけではありません。むしろ、もっと現実的な不安、例えば「電子カルテの操作にすぐ慣れるだろうか」「初めて扱う医療機器は難しくないだろうか」「夜勤の体制はどうなっているのか」「困ったときに相談できる人はいるのだろうか」といった、日々の業務に直結する「怖さ」です。これらの点に先回りして触れずにいると、候補者は不安を抱えたまま見学を終えることになり、応募への意欲が削がれてしまいます。
- 採用コストに対する認識のずれ看護師の採用を人材紹介会社に大きく依存している場合、1名の採用あたり100万円から170万円、あるいはそれ以上の費用が発生することが一般的です。しかし、このコスト感覚が院内で十分に共有されていないと、「見学の質を高めるための少しの投資(例えば、マニュアル作成の時間や、担当者の研修費用など)」ですら、後回しにされがちです。見学対応の改善は、高騰する採用コストを抑制するための極めて重要な戦略であるという認識を持つことが、全ての出発点となります。
見学は「採用活動」であり、同時に「離職予防」でもある
見学に来る候補者は、表面的な仕事内容以上に、その職場で「安心して働き続けられるか」という視点で、多くの情報を探しています。彼ら、彼女らが無意識に確認しているのは、主に以下の3つのポイントです。
- 一日の仕事の流れが具体的にイメージできること
- 職場の人間関係の雰囲気(特に、誰に気兼ねなく相談できるか)
- 新しい環境で働く上での初期負荷(特に、電子カルテや医療機器への不安)が、自分にとって許容範囲内であること
見学の場で、この3つの安心材料を提供できるかどうか。この点が満たされるだけで、応募から入職後の初期定着までのプロセスは、目に見えて円滑になります。見学は単なる採用活動の一環ではなく、入職後の定着率を高めるための、最初の離職予防策でもあるのです。
実例紹介:国内の先進的な病院の「見せ方」から学ぶ
ここでは、既に見学や説明会の工夫で成果を上げている国内の病院の事例をいくつかご紹介し、私たちの見学プログラムに活かせるヒントを探ります。
- 見学の基本フローを明確に提示する(多くの看護系メディアで推奨される定番型)大手看護師向け情報サイト「看護roo!(カンゴルー)」などが紹介する見学マニュアルでは、「受付 → 事前説明 → 見学 → 質疑応答 → 終了」という流れが、候補者にとって最も分かりやすい標準的な型として紹介されています。この流れに沿って、最初に「本日はこのような順番でご案内しますね」と全体像を提示するだけで、候補者は先の見通しが立ち、安心して見学に臨むことができます。これは、どんな規模の医療機関でもすぐに取り入れられる基本的な工夫です。
- オンラインと現地のハイブリッド型で間口を広げる(虎の門病院の例)東京都港区にある虎の門病院では、Zoomを活用したWEB説明会を定期的に開催しています。この説明会の特徴は、単なる概要説明に留まらず、現場で働く若手看護師との座談会形式のセッションを設けている点です。参加者はチャット機能を使って気軽に質問でき、「入職して感じたギャップは?」「一番大変だったことは何ですか?」といった、リアルな声を聞くことができます。これにより、遠方に住んでいる方や、育児中で長時間の外出が難しい方でも気軽に参加でき、病院への理解を深めることができます。オンラインで初期の興味を喚起し、より関心を持った候補者だけを現地見学に誘導する、効率的で現代的なアプローチの好例です。
- スケジュールを事前に可視化し、安心感を提供する(上白根病院の例)横浜市に拠点を置く恵生会 上白根病院のウェブサイトでは、「10:00 概要説明 → 10:30 院内見学 → 11:30 質疑応答・アンケート記入」のように、当日のタイムスケジュールが明確に記載されています。開始時間と終了時間、そして各コンテンツの所要時間が事前に分かることで、候補者は当日の予定を立てやすくなります。また、受付の締切日や対象となる職種(新卒・既卒など)もはっきりと示されており、問い合わせの手間を減らし、スムーズな運営を実現しています。細やかな情報提供が、候補者の安心感につながる良い事例です。
- 「見学」を「就業体験」に近づける(戸田中央総合病院の例)埼玉県戸田市にある戸田中央総合病院では、単なる見学だけでなく、より現場に近い「就業体験」プログラムを提供しています。「9:00 オリエンテーション → 10:00 希望部署で就業体験 → 12:30 ランチ・懇親会」といったように、半日という短い時間で、実際の看護ケアの一部を体験したり、スタッフと共に休憩時間を過ごしたりすることができます。見学が一方的な情報のインプット、いわば「観光」で終わるのではなく、双方向のコミュニケーションを通じて、職場の実態を肌で感じられるこの取り組みは、入職後のミスマッチを減らす上で非常に効果的です。
- 細かな配慮で、当日の迷いをなくす(多くの自治体病院に見られる工夫)金沢市立病院など、多くの公立・自治体病院の採用ページでは、見学に関する情報が非常に丁寧に整理されています。見学が可能な時間帯、推奨される服装(例:「実習着やスーツではなく、動きやすい服装でお越しください。ただし、Tシャツやジーンズなどの軽装はご遠慮ください」)、マスク着用の要否、見学できる範囲、申し込み方法、当日の持ち物などが、一つのページに分かりやすくまとめられています。こうした細やかなガイドがあることで、候補者は「何を着ていけばいいんだろう」「何を持っていけばいいんだろう」といった些細なことで迷う必要がなくなり、当日の段取りのずれや、無用なストレスを減らすことができます。
- 候補者側の「見学マナー」に関する記事を逆利用する「看護roo!」や「マイナビ看護師」といったメディアには、候補者向けに「病院見学で質問すべきことリスト」や「見学後のお礼メールの書き方」といったマナー記事が数多く掲載されています。私たち受け入れ側は、これらの記事を逆算して読むことで、候補者がどのような情報を求めているのか、何に不安を感じているのかを事前に把握することができます。例えば、「お礼メールは当日中に送るのがマナー」と書かれていれば、受け入れ側も当日中にお礼の連絡をすることで、丁寧な印象を与えられる、といった具合です。これは、見学の台本や当日の運営を考える上で、非常に有用な情報源となります。
解決アプローチ:誰が・何を・どの順で伝えるか
それでは、ここまでのポイントを踏まえ、約45分から60分で完結する、見学の「最小完結の型」をご提案します。各パートに、そのねらい、効果的なキーフレーズ、そして避けるべきNG言動を添えました。
標準タイムライン(合計60分を想定)
ここでは、見学の標準的な流れを視覚的に分かりやすく表現します。このタイムラインを意識するだけで、当日の運営がスムーズになります。
- 0)受付(5分)— 担当:総務 / 人事
- ねらい:笑顔と名前での呼びかけで、候補者の最初の緊張を丁寧に取り除く。
- キーフレーズ:「本日は〇〇さまのご参加、ありがとうございます。少し緊張されますよね。まず、本日の全体の流れをご案内しますね。」
- NG:名札を用意していない。候補者の名前を間違える。待機してもらう場所を具体的に指示しない。
- 1)“全体像の地図”を提示する(10分)— 担当:事務長 or 看護部担当
- 内容:組織図、主な患者層、看護体制(チームナーシング、PNSなど)、夜勤体制、そして入職後の教育ステップなどを、できれば1枚のスライドや資料にまとめて提示する。
- キーフレーズ:「入職してからの初日、1週間、そして1か月で、それぞれ何ができるようになるか、目標が見えると安心ですよね。私たちはこのようなステップを考えています。」
- 根拠:最初に全体像、つまり「地図」を示すことで、その後の詳細な情報が頭に入りやすくなります。これは、多くの教育やプレゼンテーションで用いられる基本的な手法です。
- 2)部署ミニツアー(15分)— 担当:配属候補の先輩看護師
- 内容:全てを見せようとせず、ポイントを絞ることが重要です。具体的には、スタッフの人の動きの中心である「ナースステーション」、申し送りを行う場所、薬剤や物品がどこに保管されているか、そしてスタッフが休憩する部屋や休憩の取り方など、日々の「動線」に特化して案内します。
- キーフレーズ:「もし何か困ったら、まずはここに来てください。そして、一番の相談窓口になってくれるのが、この人(Aさん)です。気軽に声をかけてくださいね。」と、キーパーソンを名指しで紹介する。
- NG:医療機器の細かい型番や、専門的すぎる手技について延々と説明すること。見学の目的は知識の伝達ではなく、「安心感」の醸成です。
- 3)電子カルテ・機器の“初日負荷”に対する不安を解消する(10分)— 担当:教育担当
- 内容:実際のデモ画面を見せながら、ログイン方法から基本的な情報入力、そしてエラーが出た時や不明な点があった時のS.O.S.の出し方(誰に、どのように聞けばよいか)までを、90秒程度の短いデモンストレーションで見せます。
- キーフレーズ:「マニュアルはたくさんありますが、初日に覚えていただくのは、このA4用紙二枚にまとめた内容だけです。最初はここだけできれば大丈夫ですよ。」
- 補足:多くの経験者看護師が、新しい職場の電子カルテに適応できるか不安に感じています。見学の時点でこの恐怖感を少しでも和らげることができれば、応募へのハードルは格段に下がります。虎の門病院の事例のように、オンライン説明会の段階で操作方法の紹介動画を見せておくのも有効な手段です。
- 4)“働き方”に関するQ&A(10分)— 担当:看護師長
- 内容:候補者が最も知りたい、現実的な労働条件について具体的に話します。夜勤時の看護師・医師の人数配置、休憩や仮眠の具体的な取り方(仮眠室の有無、時間など)、オンコールの有無と頻度、そして急変が起きた際にどのような支援体制があるか、などを誠実に説明します。
- キーフレーズ:「最初の夜勤2回から4回は、必ず経験者の〇〇さんと一緒に入ってもらい、ダブルチェックできる体制を取っています。」「もしミスが起きても、この段階で必ず他のスタッフが気づけるような仕組みになっているので、安心して報告してください。」
- 根拠:日本看護協会の調査でも、夜勤体制の負担や仮眠の確保、業務の効率化といった項目は、看護師の定着率に大きく関わることが示されています。制度としてこれらの点が言語化され、守られている病院は、働きやすい職場として認識されやすくなります。
- 5)条件の“総額提示”と応募への次のアクション(10分)— 担当:事務長 / 人事
- 内容:給与について説明する際は、基本給や個別の手当を羅列するだけでなく、「1回の勤務あたり、おおよそこれくらいの金額になります」といった形で、候補者が具体的にイメージしやすい「総額」で提示することが親切です。
- 追加提案:「いきなり面接や常勤での勤務は少しハードルが高いと感じるかもしれません。もしよろしければ、まずは1回から4回程度の短期勤務で、私たちの職場を体験してみませんか?」という形で、心理的な負担が少ない次のステップを用意します。
- 注意点:人材紹介会社を経由すると採用コストが高くなる傾向があることを客観的な事実として共有し、「当院のウェブサイトから直接ご応募いただけると、その分のコストを別の形でスタッフの皆さんに還元できると考えています」といった形で、直接応募のメリットを伝えることも有効です。
見学を成功させるためのポイント
- 伝える順番が重要です。「地図(全体像)」→「現場(動線)」→「初日負荷(安心感)」→「働き方(現実)」→「条件と次アクション(具体的ステップ)」の順を意識しましょう。
- 各パートの担当者と話す内容を台本化し、役割分担を明確にすることで、担当者が急に休んだ場合でも、他のスタッフがカバーでき、見学の質を維持できます。
同席者別の「言うべきこと」リスト(台本つき)
ここでは、各担当者が具体的に何を話すべきかを、アコーディオン形式のUIでまとめました。クリックして各担当者の台本を確認できます。
当日運営を確実にするための「チェックリスト」
見学当日の抜け漏れを防ぎ、スムーズな運営を実現するためのチェックリストです。準備段階から当日、そして終了後までをカバーします。
メール文例(案内・お礼・フォロー)
候補者とのコミュニケーションで使うメールの文例です。丁寧かつ簡潔に、必要な情報を伝えることを心がけましょう。
- 見学案内のメール(日程確定時)
件名:職場見学のご案内(〇月〇日 〇時より/〇〇病院 看護部)
〇〇 さま
この度は、〇〇病院の職場見学にお申し込みいただき、誠にありがとうございます。看護部の〇〇と申します。
下記の日程にて、見学の準備をさせていただきます。
日時:202X年〇月〇日(〇) 〇時〇分集合場所:当院1階 総合受付前(「見学に来ました」とお伝えください)所要時間:約60分を予定しております服装:動きやすい服装(スーツや実習着の必要はございません。ただし、サンダルやTシャツなどの軽装はご遠慮いただけますと幸いです)持ち物:特にございませんが、筆記用具があると便利です緊急連絡先:000-0000-0000(担当:事務長 △△)
当日は、「受付 → 病院概要のご説明 → 院内見学 → 質疑応答」の順でご案内させていただく予定です。
〇〇さまにお会いできることを、スタッフ一同、心より楽しみにしております。どうぞお気をつけてお越しください。
〇〇病院 看護部 採用担当 〇〇 電話番号:XXX-XXX-XXXX
- 当日のお礼メール(見学終了後、即日)
件名:本日の見学のお礼(〇〇病院 看護部より)
〇〇 さま
本日は、お忙しい中、〇〇病院の職場見学にお越しいただき、誠にありがとうございました。ご案内いたしました看護部の〇〇です。
短い時間ではございましたが、当院の雰囲気や看護の様子が少しでも伝わりましたら幸いです。〇〇さまの穏やかなお人柄に触れ、ぜひ当院で一緒に働きたいという気持ちを改めて強くいたしました。
もし、もう少し当院のことを知りたいと感じていただけましたら、「短期の体験勤務」という形で、実際に数時間、現場に入っていただくことも可能です。ご希望がございましたら、ご都合のよい曜日や時間帯の候補をいくつかお知らせいただけますでしょうか。
もちろん、まずはご検討いただき、ご不明な点などがございましたら、いつでもお気軽にご連絡ください。
本日は、誠にありがとうございました。
〇〇病院 看護部 採用担当 〇〇 電話番号:XXX-XXX-XXXX
見学が「応募」に変わる瞬間を設計する
見学を単なる施設案内で終わらせず、具体的な応募アクションにつなげるためには、いくつかの重要な仕掛けが必要です。
- オンライン説明会から現地「短時間体験」へのスムーズな連携虎の門病院の事例のように、まずはオンライン説明会で広く間口を設け、若手スタッフのリアルな声を通じて興味を持ってもらう。そして、その後の現地見学では、難しい説明は省き、「現場の動線確認」と「S.O.S.の出し方の習得」という、安心材料の提供に特化する。そして最後に、次のステップとして「短時間の体験勤務」に接続する。この一連の流れは、候補者の心理的なハードルを一段ずつ下げていく、非常に再現性の高いモデルです。
- スケジュールの明記と申し込み導線の一本化上白根病院や戸田中央総合病院の例に見られるように、見学のタイムスケジュールをウェブサイトに明記し、申し込みフォームを分かりやすい1箇所に集約することが大切です。情報が分散していると、候補者は「どこから申し込めばいいのか」「何時に終わるのか」が分からず、申し込みをためらってしまいます。迷わせない情報設計が、応募の機会損失を防ぎます。
- 「初日の負荷」を徹底的に軽く見せる工夫見学のハイライトとして、電子カルテや医療機器の「90秒デモンストレーション」と、「持ち帰れる紙2枚(ショートカット集・連絡表)」は非常に効果的です。多くの候補者が抱える「自分に使いこなせるだろうか」という不安に対し、「これだけ覚えれば大丈夫」「困っても助けを求める先が明確にある」というメッセージを具体的に示すことで、「自分にもできそう」というポジティブな感覚がその場で芽生えます。この感覚が、応募への最後のひと押しになるのです。
数字で納得する「見学の投資対効果」
見学対応の質を向上させるためには、担当者の時間や資料作成のコストがかかります。しかし、それはコストではなく、将来の損失を防ぐための「投資」です。その効果を、客観的な数字で見てみましょう。
- 離職率の抑制効果前述の通り、2023年度の正規雇用看護師の離職率は11.3%、特に既卒の年度内離職率は16.1%です。仮に、見学体験の質を向上させ、入職後のミスマッチを減らすことで、この既卒の年度内離職を数パーセントでも抑制できれば、再採用にかかるコストや、残されたスタッフの業務負担、チームの士気低下といった、目に見えない多大な損失を防ぐことができます。
- 採用コストの削減効果人材紹介会社を利用した場合の採用コストは、一般的に採用者の想定年収の20~35%が目安とされています。例えば、年収500万円の看護師を1名採用した場合、100万円から175万円の紹介手数料が発生します。見学の質を高め、自院のウェブサイトやスタッフからの紹介といった「直接応募」の割合を増やすことができれば、この紹介手数料を大幅に削減できます。削減できた費用は、教育研修の充実や、他のスタッフの待遇改善に充てることも可能です。見学強化は、採用コストの外部依存度を下げ、経営を安定させるための合理的な戦略なのです。
現場でいつでも使える「1ページ台本」
タイトル:看護師見学 同席マニュアル(60分版)
- 受付(5分):担当(総務/人事)
- 名札をお渡しし、笑顔で名前を呼んでお迎えする。
- 当日の流れを説明し、1枚の案内チラシを手渡す。
- 全体像(10分):担当(事務長/看護部)
- 1枚のスライドや資料で「患者層・看護体制・初日から1か月の教育ステップ」を提示する。
- ミニツアー(15分):担当(先輩看護師)
- 案内は「ナースステーション → 物品・薬剤庫 → 休憩室」の3点に絞る。
- 「困ったらこの人」というキーパーソンを具体的に紹介する。
- カルテ・機器(10分):担当(教育担当)
- 90秒の「初日操作デモ」を見せる。
- 持ち帰り用の「ショートカット集」「緊急連絡先」の紙2枚を渡す。
- Q&A(10分):担当(看護師長)
- 夜勤体制、仮眠、応援体制、教育について、数字を交えて具体的に答える。
- 条件と次(10分):担当(事務長/人事)
- 「1勤務あたりの手取り総額」で分かりやすく伝える。
- 「まずは数回の体験勤務から」という選択肢を必ず提案する。
- 直接応募のルート(QRコードなど)を案内する。
合言葉:「地図 → 現場 → 初日負荷 → 働き方 → 条件 → 次のアクション」
やってはいけないこと:専門用語を多用する/ルールの例外ばかり話す/「そのうち慣れるから」という根拠のない言葉で片付ける
FAQ(よくある迷い)
Q. 見学に来る方は多いですが、応募につながりません。何が原因でしょうか?A. 見学が「観光」で終わってしまっている可能性があります。施設がきれい、設備が新しい、といった情報提供だけでは、応募の決め手にはなりにくいです。この記事で紹介したように、「ここで働く自分」が具体的にイメージでき、特に「初日の不安」が解消されるようなプログラムになっているか、見直してみてください。そして最も重要なのは、見学の最後に必ず「次は、短時間のお試し勤務に来ませんか?」という、具体的な次のステップを提示することです。
Q. 小規模なクリニックでも、同じような手厚い対応は可能ですか?A. 可能です。むしろ、小規模だからこそ、スタッフ一人ひとりの顔が見えやすく、アットホームな雰囲気を伝えやすいという利点があります。担当者を複数人用意するのが難しい場合は、院長や先輩看護師が一人で全ての役割を担うことになるかもしれませんが、その場合でも「地図→現場→初日負荷→働き方→条件→次」という伝える順番を意識するだけで、見学の質は格段に向上します。90秒のデモや、持ち帰れる紙資料といった工夫は、規模に関わらず有効です。
Q. 現場が忙しすぎて、毎回60分も見学に時間を割けません。A. まずは、今回ご提案した「最小完結の型」を45分に短縮して実施することを目指してみてはいかがでしょうか。各パートの時間配分を少しずつ短くし、特にミニツアーは「ナースステーションと休憩室だけ」など、さらにポイントを絞ります。台本化と役割分担が定着すれば、運営はどんどん効率化していきます。全く対応しないことに比べれば、たとえ30分でも、構成を意識した見学を行うことの効果は計り知れません。
Q. 夜勤やオンコールの話になると、候補者が不安そうな顔をします。どのように伝えればよいでしょうか?A. 不安な点を隠したり、曖昧にしたりするのが最もよくありません。正直に、事実を伝えることが信頼につながります。大切なのは、ネガティブな情報とセットで、必ず「セーフティネット」を提示することです。例えば、「当院のオンコールは月に平均4回ありますが、最初の3か月は必ず先輩と2人体制で対応しますし、判断に迷った際に24時間相談できるホットラインもあります」といったように、具体的な支援体制を語ることが重要です。見学の際に、実際にあった夜勤のヒヤリハット事例と、それをチームでどう乗り越えたか、といったエピソードを1つ共有するのも、現場のリアルな対応力を見せる上で効果的です。
まとめ:見学は「安心」を売る時間
見学対応の成否は、情報の多さではなく、伝える順番の設計にかかっています。「地図 → 現場 → 初日負荷 → 働き方 → 条件 → 次のアクション」という流れを徹底することが、候補者の理解と安心感を着実に育てます。
そして、各担当者の役割とセリフを「台本」として固定化することで、対応の質を標準化し、誰か一人が欠けても現場が回る仕組みを構築できます。
見学の最後には、必ず「短期の体験勤務」への橋を架けることを忘れないでください。この小さなステップが、応募、そしてその先の定着へとつながる、確かな一歩となります。
院内で見学改善の合意を得るためには、離職率や採用コストといった客観的な数字の裏付けを共有することが有効です。見学への投資が、いかに将来のコスト削減と組織の安定化に貢献するかを、データと共に示しましょう。
クーラ導入のご案内
今回ご提案した「見学体験の質向上」と「短期勤務へのスムーズな移行」は、採用管理システム「クーラ」を導入することで、さらに効率的かつ効果的に運用できます。
- まずは数回の“短期勤務”から、をシステムで実現見学の最後に提案する2~4回の短期勤務。クーラを使えば、その場で候補者に空いているシフトを提示し、スマートフォンから簡単に応募してもらうことが可能です。面接という堅苦しいステップを踏む前に、「まずはお互いを知るために一緒に働いてみる」という、現代の働き方に合った採用プロセスをスムーズに実現できます。ミスマッチを劇的に減らす、最も確実な方法です。クーラの詳細はこちら
- 見学後のフォロー業務を自動化見学当日の夕方に送るべきお礼のメールや、体験勤務の候補日をリマインドする連絡も、クーラのメッセージ機能を使えば、あらかじめ設定したテンプレートで自動化できます。担当者の負担を減らしながら、候補者一人ひとりへの丁寧なフォローを実現し、機会損失を防ぎます。
- 既存の採用チャネルと無理なく併用可能現在利用している人材紹介会社や求人媒体からの応募者情報も、クーラで一元管理が可能です。それぞれのチャネルと並行して、直接応募の導線を強化することで、採用コストのバランスを最適化し、より安定した採用活動へとつなげます。
- 導入は驚くほどシンプル複雑な設定は必要ありません。今回作成した見学の台本と、体験勤務に来てもらいたいシフト(スロット)を用意するだけで、すぐに新しい採用フローを始めることができます。
見学体験の向上は、採用力の強化に直結します。クーラは、その取り組みを加速させる、最も頼れるパートナーです。
付録:見学当日の「声かけスクリプト」サンプル
- 受付(総務/人事)「〇〇さま、ようこそお越しくださいました。本日は、まず病院の概要をご説明し、その後で院内を見学、最後に質問をお受けする流れで、全部で60分ほどを予定しております。緊張されると思いますが、分からないことは何でも、その場ですぐに聞いてくださいね。」
- 全体像(事務長/看護部)「当院は、特に地域の高齢の患者さんが多く、リハビリテーションにも力を入れています。夜勤は、看護師が〇名と、当直の医師が〇名という体制です。入職後の最初の1週間は、常に先輩が隣について一緒に業務を行いますので、ご安心ください。そして、1か月後には、ここまで一人でできるようになることを目標に、一緒に進めていきましょう。」
- ミニツアー(先輩)「もし業務で何か困ったことがあったら、まずはリーダーのAさんに声をかけてください。薬剤の鍵のことで分からなければBさんです。休憩はこの部屋で取りますが、みんな必ず『休憩に入ります』と一声かけてから交代するようにしています。」
- カルテ・機器(教育担当)「それでは、90秒だけで大丈夫ですので、“初日の基本操作”をご覧ください。…もし操作中にトラブルが起きたら、内線のこの番号に電話してください。この紙2枚に、よく使う機能と連絡先をまとめておきましたので、お守り代わりに持っていてください。」
- Q&A(師長)「夜勤は〇名の体制で、深夜〇時から〇時の間に、交代で仮眠を取っています。もし急変が起きた場合は、まずC看護師と当直医が一次応援に入り、必要に応じて他のスタッフを呼び出す体制になっています。」
- 条件と次アクション(事務長/人事)「1回の勤務での手取り額は、おおよそ〇円になります。もし今日の見学で少しでもご興味を持っていただけたら、例えば来週の〇日、〇日、〇日あたりで、2~4回の体験勤務を仮押さえすることもできますが、いかがでしょうか?」
参考にした公開情報(抜粋)
- 離職率・制度関連:日本看護協会「2023年 病院看護・外来看護実態調査」など
- 国内病院の運営事例:虎の門病院(オンライン説明会の活用)、上白根病院(スケジュールの事前明記)、戸田中央総合病院(半日就業体験)、金沢市立病院(服装・申込要領の明文化)などの公式ウェブサイト
- 採用コストの相場感:各種人材紹介会社のサービス案内や、医療系経営情報サイトの解説記事
最後に、繰り返しになりますが、見学は「情報提供の場」である以上に、「安心を売る場」です。
台本化して順番を整え、短期の体験勤務へとつなげる。この仕組みを今日から始めることで、貴院の応募者数と定着率は、着実に向上していくはずです。まずは、1枚の台本と、60分の運営計画から始めてみましょう。