「他院より少しでも良い条件にしたい。でも、どこをどれくらい調整すれば効果的なのか分からない」——そんなときに迷わないための実務ガイドです。
この記事では、地域、診療科(配属)、夜勤の3つの軸で、給与・手当の相場の中心と、訴求力を高めるためのポイントを具体例で解説します。院内での説明や求人票の作成にそのまま使える「相場表フォーマット」「訴求コピー例」「総額提示の型」も用意しました。
前提として、本記事の情報は全国の統計や各病院の公開情報を基にしています。例えば、日本看護協会の最新調査では、病院の非管理職・正規フルタイム看護師の平均給与は「基本給26万円前後/税込総額38万円前後」という水準が示されています。近年の傾向として、ベースアップよりも各種手当の上乗せで総額が変動している点が挙げられます。
また、都道府県による賃金差は実在します。厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」は、こうした地域差を院内で説明する際の客観的な根拠として活用できます。
1.まず把握したい「素の相場」:月給と各種手当の骨格
求人票でよく見られるのが、「基本給」「主要手当」「夜勤手当」「地域手当」などが別々に記載され、結局総額がいくらになるのか分かりにくいという問題です。まずは、給与の骨格となる「素の相場」を把握しましょう。
- 基本給:学歴や経験年数で差が出やすい項目です。都内の大規模病院における新卒看護師の初任給は、23万円から26万円台が多く見られます。
- 夜勤手当:1回あたり1.1万円から2.0万円台が相場です。都立病院では1回あたり1.7万円台という公開例があり、民間病院では2.0万円を明示するところもあります。
- 地域手当:公的な病院や日本赤十字社系列の病院などで「俸給×一定率(例:16%)」という形で支給されるケースが明記されています。
- 診療科・部署手当:ICU、救急、手術室、透析室などでは、「特殊勤務手当」や「待機手当」が別途支給されるのが一般的です。
相場表フォーマット(コピーして使用できます)
2.地域特性に応じた調整:都心・近郊・地方の「上げどころ」
家賃、通勤距離、深夜の交通手段などが、地域による生活コストの差を実感させる主な要因です。都心では「地域手当」や「住宅手当」で給与総額を底上げし、地方では「夜勤1回あたりの単価」や「通勤手当(特に車通勤)」を厚くすることが効果的です。
[具体例] 大都市圏(東京23区、横浜など)
地域手当や住宅手当を明確に記載します。「俸給×●%」や「賃貸の場合、上限●円」など、計算ルールが分かるように示すと信頼性が高まります。
- 横浜市立みなと赤十字病院:地域手当16%、住居手当上限2.85万円と明記。家賃が高い土地柄に合わせた補助を強調しています。
- 東京都立墨東病院(墨田区):夜勤手当は1回1.7万円。地域手当は俸給の15~20%を付与。公的病院らしいルールの明示型は参考になります。
- 慶應義塾大学病院(新宿区):住宅手当1.3万円を支給。都心のブランド力で応募が集まりやすい一方、給与額だけで見ると郊外の民間病院が高い場合もあります。
[具体例] 近郊・中核都市(静岡、埼玉など)
夜勤1回あたりの単価を1.5万円から2.0万円に設定し、月4回勤務した場合の給与総額例を先に提示する方法が有効です。
- 藤枝平成記念病院(静岡):夜勤手当2万円/回を明示。「月4回で8万円」という分かりやすい上乗せを示し、地方中核病院の「夜勤単価」をアピールポイントにする典型例です。
- 埼玉医科大学病院グループ:夜勤は1回1.5~1.7万円。救急や集中治療領域に「特殊勤務手当」を付与し、都内に通勤しない人材を地元で確保する工夫が見られます。
[具体例] 地方・車通勤文化圏(愛知、佐賀、北海道など)
通勤手当の上限を5万円以上と設定する病院も珍しくありません。住宅手当は少額でも、駐車場補助や実際の通勤距離に配慮していることを添えると響きます。
- 名古屋西病院(愛知):通勤手当の上限を5万円と明記しています。
- 佐賀県医療センター好生館:住宅手当上限2.7万円に加え、車通勤可、駐車場補助ありと記載。「都市部並みの手取り」よりも「生活コストとのバランス」を示すことで魅力を伝えています。
- 旭川赤十字病院(北海道):寒冷地手当(冬季に数万円支給)があり、地域特性を給与に反映させています。これは地方求人の差別化ポイントになります。
- 沖縄県立中部病院:地域手当は少ないですが、離島勤務者には別途「離島手当」が支給され、地域の特殊性をそのまま訴求力に変えています。
3.診療科・部署の特性に応じた調整:ICU・救急・手術室・透析の「伝え方」
業務の専門性や負担度に応じて手当を設定し、その意味を伝えることが重要です。
[具体例] 救急・ICU
多忙さや専門性に見合う手当であることを示します。
- 大阪急性期・総合医療センター:救急外来に特殊勤務手当2.5万円/月、夜勤1回1.25万円などを明記。「忙しさと手当の対応」が納得しやすい書き方です。
- 都立豊島病院:救急外来の夜勤について、1回あたり約4.9万円という試算を求人情報に公開。「1回の重み」が直感的に伝わります。
[具体例] 手術室
待機や呼び出しの実態を数字で示すことが効果的です。
- 名戸ヶ谷病院(千葉):手術室手当3万円/月に加え、当直2万円/回、待機手当(平日2千円・休日4千円)を公開。「呼び出しの現実」を具体的な手当額で補っています。
[具体例] 透析
日勤中心で専門性が高い部署では、資格手当やその他の手当を丁寧に積み上げて見せることが有効です。
- 名古屋西病院(透析中心):資格手当2.5万円、皆勤手当1万円、住宅手当5千円などを丁寧に列挙。日勤中心で残業が少ない傾向があるため、特に子育て世代に響きやすい見せ方です。
4.候補者に響く「見せ方」の工夫
候補者は最終的に「今月の給与はいくらか」という視点で比較します。給与の内訳を分かりやすく、生活実感の湧く言葉で伝える工夫が求められます。
「夜勤モデル給与」を先に示す
求人票の冒頭に「月4回夜勤モデル」と「日勤のみモデル」の2つの給与例を配置することをおすすめします。
訴求コピーを「生活の言葉」で書く
数字の羅列ではなく、具体的な働き方や暮らしがイメージできる言葉で伝えましょう。
(夜勤・配属まわり)
- 「夜勤は月4回まで。1回1.7万円がそのまま給与にプラスされます」
- 「手術室には待機・呼出手当があります。待機は平均で月◯回程度です」
- 「救急配属者には、特殊勤務手当として毎月2.5万円を固定で支給します」
(地域・暮らしまわり)
- 「家賃負担を軽減します。地域手当(俸給×16%)に加えて、住宅手当は上限2.8万円です」
- 「車通勤も可能です。通勤手当は上限5万円まで。駐車場補助もあります」
5.採用のミスマッチを防ぐ最終手段:「お試し勤務」の活用
条件を整えて求人票を工夫しても、「本当にここで続けられるだろうか?」という候補者の不安は残ります。そんなときに有効なのが、給与・手当の設計を「お試し勤務」で体感してもらうことです。
例えば、履歴書や面接なしで現場を体験できるサービス「クーラ」などを活用し、以下のような機会を提供します。
- 夜勤を1~2回スポットで体験してもらい、「1回1.7万円の手当は、この業務内容なら納得できる」と感じてもらう。
- 救急や手術室で短期間働き、忙しさと手当額のバランスを実感した上で配属を決める。
- 子育て中の方には、保育時間に合わせて日勤短時間のスポット勤務を提示し、常勤への移行を検討してもらう。
短く試して、合えば続ける。このような仕組みは、給与・手当の「見せ方」と「実体験」を橋渡しし、採用後のミスマッチを減らすことにつながります。
まとめ
- 給与や手当の数字は、候補者の「生活の見通し」を示す言葉に落とし込むことが重要です。
- 総額の目安を先に示し、夜勤単価、配属先の手当、地域や住宅に関するサポートなど、生活に直結する情報を求人の冒頭に凝縮させましょう。
- 他院の公開例や公的な統計を根拠に、候補者が自身の生活を具体的にイメージできる書き方を心掛けてください。
- 最後は「お試し勤務」などで条件を体感してもらう機会を設けることで、納得度が高まり、定着につながる採用が実現します。