はじめに
「給与水準は地域と比べても悪くないはずなのに、応募がさっぱり来ない」。クリニックの院長や病院の看護部長、施設の採用担当者の方々から、このようなお悩みを伺う機会が少なくありません。給与の金額は確かに大切な要素の一つですが、それだけでは応募のきっかけとして働きにくくなっている現実があります。
今日の看護師の皆さんが転職を考える背景には、「働きやすさ」や「今後の勤務に対する見通しの確かさ」、そして「求人情報そのものの信頼性」といった点が深く関わっています。そのため、求人票に書かれている内容が曖昧であったり、分かりにくかったりすると、それが応募をためらわせる大きな要因となり得ます。
実際に、日本看護協会の「2023年 病院看護実態調査」によると、2022年度の正規雇用看護職員の離職率は11.8%と、依然として一定の水準で推移しています。離職の理由としては、他の施設への興味や人間関係、超過勤務の多さなどが挙げられており、転職先を選ぶ際には「事前に提示された条件と、実際の働き方にズレがないか」を慎重に見極めたいという意識が根底にあると考えられます。
この記事では、多くの採用現場で見られがちで、知らず知らずのうちに応募者を遠ざけてしまっている求人票の表現を10のパターンに分類しました。それぞれについて、具体的な改善案や言い換えの例を提示します。また、小規模な病院やクリニック、訪問看護ステーションなどが実際に行っている情報発信の事例や、求人情報の表示に関する公的なルールについても触れていきます。
もし、日々の業務に追われ、求人票の運用まで手が回らないという場合には、まずは応募のハードルを下げ、「お試し勤務」のような形で職場の雰囲気を感じてもらう仕組みを取り入れることも、採用の選択肢を広げる一つの方法です。(施設の採用ご担当者様向け:クーラ)
背景・課題:数字の魅力よりも“情報の確からしさ”が重視される時代
看護師の採用活動において、応募があるかないかの分かれ目は、どの求人媒体を選ぶかという点に加え、発信する情報の「具体性」、定期的な「更新頻度」、そして応募手続きの「簡便さ」にかかっていると言われています。都市部でさえ「募集をかけても全く反応がない」という声が聞かれるように、ただ求人情報を掲載すれば応募者が集まるという時代ではなくなりました。
たとえ立派な採用サイトを用意したとしても、「知りたい情報が不足している」「応募フォームの入力項目が多すぎる」「サイトが何年も更新されておらず、本当に募集しているのか不安になる」といった点が重なると、せっかく興味を持ってくれた方の気持ちが離れてしまいます。
さらに近年、求人情報の表示に関するルールはより厳格になっています。日本の職業安定法では、求人サイトのような「募集情報等提供事業」に対して新しいルールが段階的に導入されており、求職者に誤解を与えるような表現の是正が求められています。例えば、求職の申し込みを促す目的で金銭やギフト券などを提供することは、原則として禁止されるようになりました。これは、求人を紹介する事業者だけでなく、情報を発信する医療機関側も、求職者の視点に立ち、誠実で分かりやすい情報提供を心がける必要があることを示しています。
実例紹介:情報の“書き換え”と“見せ方”で応募は変わる
ここでは、実際に情報の出し方を工夫することで、採用状況を改善した小規模な事業所の事例をいくつかご紹介します。
- ある訪問看護ステーションの事例(東京都多摩市)医療・介護系の情報サイトで、あるステーションの取り組みが紹介されています。そこでは、半年間にわたって自施設のサイトからの直接応募が0件だった状況から、掲載する情報の内容を見直し、応募までの流れを分かりやすく整備した結果、応募が5件まで増加したと報告されています。多くの求人媒体に費用をかけるよりも、求職者が本当に知りたいと考えている情報を、過不足なく、かつ的確に伝えるという基本的な取り組みが成果に繋がった例と言えます。
- ある訪問看護ステーションの事例(大阪府吹田市)別の事例として、応募があっても求める人材像と合わない場合には、すぐに求人要件を微調整し、同時にInstagramなどのSNSを活用して事業所の日常やスタッフの様子を継続的に発信したケースがあります。これにより、事業所の雰囲気や理念が伝わりやすくなり、応募の「量」だけでなく「質」の向上にも繋がったとされています。日々の様子の可視化が、応募前の不安を和らげる効果を持ったと考えられます。
- 多くの採用現場に共通する課題これらの事例に限らず、医療や介護分野の採用に関する多くの解説では、「使用している求人媒体が自施設に合っていない」「求人情報に具体性が欠けている」「情報が古いままで更新されていない」という3点が、応募が集まらない主な原因になりやすいと指摘されています。これは、どの施設にも当てはまりうる基本的なチェックポイントと言えるでしょう。
“避けられる”文面10パターンと具体的な直し方
ここからは、応募者の視点に立ったとき、「この求人票は少し不安だ」「読むのをやめておこう」と感じさせてしまいがちな、代表的な10個の書き方のパターンを見ていきます。それぞれの項目で、具体的な改善案(OK例)も示していますので、ご自身の施設の求人票と見比べながら読み進めてみてください。
NGからOKへ:言い換え表現のまとめ
多忙な業務の中で、まずはどこから手をつければ良いか分からないという方のために、先ほどの10パターンを一覧にまとめました。ご自身の施設の求人票をチェックする際にご活用ください。
(もし採用活動全体の運用が逼迫している場合は、まずは「職場見学」の窓口だけを常に開いておき、実際の職場の様子を見てもらう機会を作ることから始めるのも一つの手です。見学から自然な流れで選考に進んだり、短期間のお試し勤務に繋げたりする仕組みは、施設の負担軽減にも繋がります。応募までの流れの設計については、こちらもご参照ください:クーラ(施設向け))
解決へのアプローチ:3つの信頼因子で“読み飛ばされない”求人票に
求人票を改善するにあたり、大切にしたいのは「具体性」「一貫性」「最新性」という3つの要素です。これらを意識することで、求人票の信頼性は格段に高まります。
- 具体性:数字・頻度・範囲を最低3点セットで記載する
- 応募後のミスマッチによる早期離職や、応募そのものをためらわせる最大の要因は、「入職後の働き方がイメージできない」という不安です。この不安を解消する最も効果的な方法は、業務の見通しを具体的な「数値」で示すことです。
- 例えば、「1日の平均外来患者数」「月平均の残業時間」「オンコールの平均待機回数」「教育プログラムの日数や手順」など、少なくとも3つ以上の項目を数値化して記載することを目指しましょう。日本看護協会の「病院看護実態調査」などで示されている全国の平均的な勤務実態(夜勤の回数や勤務表の作成ルールなど)を参考に、ご自身の施設の実績を整理して記載すると、客観性が増し、より伝わりやすくなります。
- 一貫性:求人票・採用サイト・面談での情報を一致させる
- 採用サイトに書かれている情報が不足していたり、何年も前の情報のままだったり、応募フォームが複雑だったりすることは、応募者数を減らす典型的な要因です。さらに、求人票に書かれていた内容と、採用サイトの情報、そして面談で聞いた話が食い違うと、応募者は強い不信感を抱きます。
- これを防ぐためには、求人情報の「マスターデータ」を一つ作成し、媒体ごとに表現を変える場合でも、基本的な条件や数値データはこのマスターデータから引用するようにします。そして、条件に変更があった場合は、必ず全ての媒体の情報を一括で更新するルールを設けることが重要です。
- 最新性:法律やガイドラインの変更に対応する
- 曖昧な表現は、不信感を生むだけでなく、場合によっては求人情報の表示に関する公的なルールに抵触する可能性もはらんでいます。厚生労働省などから発信される、求人情報表示の適正化に関する通達や、募集情報等提供事業に関する新しいルール(例えば、金銭やギフト券の提供に関する扱いの変更など)には、定期的に目を通し、自施設の求人表現が時代に合っているかを確認する習慣が大切です。曖昧な言葉を避け、具体的な表現に置き換えることは、コンプライアンスの観点からも不可欠です。
すぐに使える書き換えテンプレート
ここでは、短時間で求人票の骨格を作成するためのテンプレートをご用意しました。以下の項目を埋める形で、自施設の情報を整理してみてください。
(応募者全体の数を増やしたい、あるいは「まずは見学だけ」という応募前の接点づくりを効率化したい、といった場合には、外部のサービスを活用することも有効な手段です。詳細はこちら:クーラ(施設向け))
よくある誤解と対策(Q&A形式)
Q. 「高い時給を提示すれば、いずれ応募は増えるのではないでしょうか?」A. 給与額は、複数の求人を比較検討する上で分かりやすい指標であることは確かです。しかし、最終的に応募を決断する際には、「ここで安心して長く働けそうか」という働きやすさの確証がより重視される傾向にあります。求人媒体の見直しや、掲載情報の具体化、応募手続きの簡略化といった土台を整えることで、初めて給与の魅力が最大限に活かされます。
Q. 「“残業ほぼなし”と書くのは、やはり避けるべきでしょうか?」A. はい、客観的な事実に基づいた表現にすることが望ましいです。求職者との認識のズレを防ぎ、信頼性を高めるためにも、「月平均〇時間(直近6か月間の実績)」や「前年度の月平均残業時間の中央値は〇時間」といった具体的な数字で示すことをお勧めします。
Q. 「年齢や国籍に触れたほうが、ミスマッチは減るように感じます。」A. お気持ちは理解できますが、これらの要素で応募を制限することは、法律上の配慮が求められるデリケートな問題です。ミスマッチを防ぐためには、求める人物像を「年齢」や「国籍」ではなく、「必要なスキル」や「対応可能な勤務条件」で具体的に示すことが重要です。その上で、「経験の浅い方向けの教育制度もあります」と併記することで、より幅広い層にアプローチできます。
まとめ:情報を「見える化」し、応募までの流れを「最短化」、表現を「最新化」する
ここまで見てきたように、応募が集まる求人票を作成するための要点は、以下の5つに集約できます。
- 数字で“見通し”を提示する(外来患者数、残業時間、オンコール頻度、教育期間など)
- 求人票、採用サイト、面談で伝える情報に一貫性を持たせる
- 求人表示に関する公的なルールを把握し、曖昧な言葉を具体的な表現に改める
- 「まずは見学だけ」という気軽な接点を設け、面接までの流れを可能な限り短くする
- 採用活動の運用負荷が高いと感じる部分は、外部の仕組みの活用も検討する
一度、時間をとって求人票の表現を見直すだけで、応募者の反応は大きく変わることがあります。まずはご自身の施設の求人票を、この記事でご紹介した「10の言い換え例」やテンプレートと照らし合わせ、修正できる部分から手をつけてみてはいかがでしょうか。
そして、採用活動の省力化や、短期のお試し勤務といった新しい採用の形を取り入れたいとお考えの際には、専門のサービスを併用することもご検討ください。(施設向けご案内:クーラ)
参考にした公開情報(一部抜粋)
- 日本看護協会「2023年 病院看護実態調査」:看護職員の離職率や勤務実態に関する詳細なデータが掲載されています。
- 厚生労働省「募集情報等提供事業について」:求人情報を出す際の表示ルールや、関連法の周知事項がまとめられています。
- 年齢・国籍等の表現に関する解説記事(民間の法令情報サイトなど):求人票で配慮すべき表現の言い換え例などが参考になります。
- 訪問看護ステーションの採用改善事例( various sources on the web):情報の見せ方や応募までの流れを整備した具体的な取り組みが紹介されています。
- 採用サイトの応募が増えない要因に関する分析記事( various sources on the web):情報不足、更新の停滞、導線の複雑さといった視点が整理されています。