看護部長・看護管理者の皆さまへ。このガイドは、現場の新人・入職者が抱える「電子カルテ・医療機器操作」への初期不安を解消し、早期離職を防ぐための具体的な手法をまとめたものです。
目的は、入職者の不安を言語化し、それを採用段階のメッセージや初日のオリエンテーション、OJTに体系的に組み込むことです。この記事では、解説と共に、現場でそのまま使える『チェックリスト』や『台本』、『募集要項の文例』などを具体的にお示しします。院内の状況に合わせて、自由に改変してお使いください。
1. なぜ「最初のつまずき」が離職の温床になるのか
多くの医療現場で、電子カルテ(EHR)やME機器(輸液ポンプ、シリンジポンプ、パルスオキシメーターなど)の操作は、入職直後に一気に覚えなければならない業務として、新人の大きな負担となっています。
しかし、先進的な病院の研修プログラムを見ると、初期オリエンテーションで「看護記録(電子カルテ)」や「ME機器の取り扱い」を段階的に学習させる設計が一般的です。例えば、日本医科大学附属病院では、4月に電子カルテ、5月にME機器と、集合研修からOJTへとスムーズに移行する流れを公開しています。
また、同期が一緒に学ぶ少人数グループでの研修(例:昭和大学病院)は、「一人ではない」という安心感を与え、操作の標準化にも繋がります。
教育の評価にはチェックリストの活用が標準的です。厚生労働省の新人看護師技術チェックリストは、到達目標(例:『一年後に一人でできる』)を段階的に設定することを推奨しており、この考え方は電子カルテや機器操作の習得にも応用できます。
2. 不安の正体を分解する(具体的な作業への落とし込み)
看護師が抱える「なんとなく不安」を、具体的な作業単位まで分解することが解決の第一歩です。ここでは、代表的な不安を可視化し、採用メッセージと初日の動きに反映させます。
2-1. 電子カルテの何が不安か(代表例)
- 基本操作: ログインしてから自分の業務画面にたどり着けない(ポータル、患者検索、担当一覧、記録の新規作成・保存など)。
- 指示・記録: 医師の指示受けや実施記録の流れ、修正・取り消しの方法が曖昧。
- 効率: よく使う機能(検査結果、画像確認など)への『最短ルート』がわからない。ショートカットやテンプレートの使い方が不明。
- 禁止事項: 患者間違いや二重記録など、『やってはいけない操作』が怖い。タイムスタンプの重要性や代行入力のルールがわからない。
- 病棟ルール: 夜勤帯の入力基準、申し送り様式、紙媒体との連携など、部署固有の決まりごと。
2-2. ME機器の何が不安か(代表例)
- ポンプ類: 輸液・シリンジポンプの基本設定と、アラームが鳴った時の対応。
- 日常機器: パルスオキシメーターやAEDの日常点検と運用。
- 高度機器: 人工呼吸器など、看護師がどこまで触れて良いのか、臨床工学技士(CE)への連携ラインが不明確。
3. 採用段階で「安心感」を伝えるメッセージ設計
応募前から入職前にかけて、候補者の不安を段階的に解消する情報提供が鍵となります。ここでは、募集要項や面接で使える具体的な文例をご紹介します。
3-1. 募集要項に盛り込む「安心訴求」の例文
【見出し案】
- 「初日は“触って終わる”。電子カルテは保存まで、機器は停止までで合格です」
- 「1コマ30分の研修で無理なく習得。『やらないことリスト』で安心スタート」
- 「CE・プリセプターと“15分ミニレク”から。相談相手を最初に紹介します」
3-2. 内定連絡時に送付する「初日が見える」資料
- 初日のスケジュール表: 更衣、ID発行、ログイン練習、ME機器レクチャーなど、1日の流れがわかる時刻別の予定表。
- A4一枚の安心シート: ログイン手順、患者検索、記録保存、トラブル時の連絡先など、最低限の情報だけをまとめたサマリー。
- 10分程度の紹介動画: (可能であれば)カルテの基本画面、看護記録の入力方法、検査結果の見方などをまとめた短い動画。
3-3. 初出勤前に促す「5分だけ」セルフ確認
- PC操作に不安がある方へ、タイピング練習や基本的なショートカット(Ctrl+C/Vなど)の確認を任意でお願いする。
- 医療機器に苦手意識がある方へ、写真付きで『最初に触るのはこのボタンです』と予告しておく。
- 不安な点を事前に申告してもらう簡単なフォームを用意し、初日の担当業務に配慮する。
4. 初日のオリエンテーション:時刻別サンプル
病棟配属後の日勤帯を想定したモデルプランです。パートやスポット勤務の方にも応用できます。
- 8:30~9:00 オリエンテーション
- 更衣室、休憩室、ステーション、プリンターなどの場所を案内。非常口や避難経路も確認。
- 名札、アカウント情報、内線を配布。画面ロックなど、情報セキュリティの基本ルールを説明。
- 『頼ってよい人リスト』(プリセプター、師長、CE)を渡し、困った時の相談先を明確化。
- 9:00~9:40 電子カルテ研修①(触って成功体験)
- ログインから担当患者2名の表示までを実践。
- テンプレートを使い、簡単な看護記録の入力と保存を体験。『患者間違い防止』のため、声に出して確認する習慣をつける。
- 『やらないことリスト』を一緒に読み合わせる。
- 9:40~10:10 病棟ラウンド同行
- 先輩看護師に同行し、現場の動きを見る。その際、「電子カルテの画面名」などをメモしてもらうといった簡単な観察課題を出す。
- 10:20~11:00 ME機器ミニレクチャー①(輸液・シリンジポンプ)
- まずは『触る→止める→再開する』、そしてアラームが鳴った時の初期対応だけを練習。
- 臨床工学技士(CE)への相談方法(内線番号、タイミング)を具体的に伝える。
- 11:10~12:00 電子カルテ研修②(指示受けと実施記録)
- 医師の指示を確認し、実施記録を入力する基本操作を学ぶ。
- 13:00~13:30 振り返り①(到達度チェック)
- 後述のチェックリストを使い、午前中にできたことを○×で評価。『明日の課題は一つだけ』と決め、心理的負担を減らす。
- 「保存が不安」「患者検索が遅い」など、困りごとを言語化する手伝いをする。
- 13:40~15:00 同行と実践
- 先輩の業務に同行しつつ、記録の保存や検査結果の確認など、部分的に操作を実践してみる。
- 15:10~15:40 ME機器ミニレクチャー②(パルスオキシメーター/AED)
- 装着方法や数値の読み方、点検方法を確認する。
- 15:50~16:20 電子カルテ研修③(最短ルートの反復)
- 検査や薬剤の参照など、よく使う操作の経路を一つに絞って反復練習し、成功体験を定着させる。
- 16:30~17:00 振り返り②(明日の予告)
- 今日の到達度を再確認し、『明日はショートカットを2つ覚える』など、具体的な目標を一つだけ設定する。
【ツール】初日にそのまま使えるチェックリスト
このリストを印刷し、一つずつ確認しながら進めることで、本人も指導者も達成度を可視化できます。
- 基本事項
- [ ] 名札・ID配布/内線番号/ロッカー
- [ ] 非常口・避難導線の確認
- [ ] 画面ロック・パスワード管理の説明(その場で実演)
- 電子カルテ(EHR)
- [ ] ログイン→看護支援画面→担当患者2名の表示
- [ ] 看護記録テンプレートの新規作成→保存(患者氏名の声出し確認)
- [ ] 検査結果の参照(決められた経路を1つだけ)
- [ ] 医師指示の参照(見るだけ)
- [ ] 『やらないことリスト』の読み合わせ
- ME機器
- [ ] 輸液・シリンジポンプ:触る→止める→再開
- [ ] パルスオキシメーター:装着→表示確認→取り外し
- [ ] AED:保管場所とセルフチェック表示の見方
- 支援体制
- [ ] プリセプター/師長の内線番号を確認
- [ ] CEへの連絡タイミングと内線番号を確認
- [ ] 『困ったら最初に連絡する人』を明示
- 振り返り
- [ ] 今日できたことを3つ記録
- [ ] 明日の目標を1つだけ設定
5. OJTを「台本化」し、指導のブレをなくす
多くの施設で導入されているプリセプター制度ですが、指導者によって教え方が異なると新人は混乱します。そこで、誰が教えても同じ品質を保てるように、指導内容を『台本(スクリプト)』化します。ポイントは、『できた』という事実を本人に声に出させること、そして『今日はここまで』と明確に区切ることです。
【ツール】初週に使えるOJT台本
この台本に沿って進めることで、指導者は教えすぎを防ぎ、新人は達成感を得やすくなります。
- コマ1:EHRログイン~看護記録保存
- イントロ(2分): 「今日の目標は、患者さんを間違えずに記録を1回保存することです」
- 実演(10分): 指導者がゆっくり実演(患者照合→テンプレート選択→入力→保存)
- 実施(15分): 新人が自分で操作。声出し確認をしながら保存まで行い、成功を宣言する。
- まとめ(3分): 「今日はここまでです。完璧です。明日は別の操作を一つだけ覚えましょう」
- コマ2:検査・指示参照(最短ルート固定)
- イントロ(2分): 「検査結果を見る方法は色々ありますが、今日はこの一つのルートだけを覚えます」
- 実演(5分): 指導者が検索→結果表示→戻る、という流れを見せる。
- 実施(20分): 新人がタイマーを使い、3分間で同じ操作を繰り返し練習する。
- まとめ(3分): 「未読通知の消し方は明日やります。困った時の連絡先を指差し確認しましょう」
- コマ3:輸液・シリンジポンプ(CE同席推奨)
- イントロ(2分): 「アラームは危険信号ではなく、安全のために鳴ります。まずは止めることを覚えましょう」
- 実演(10分): 指導者がダミーを使い、装着→停止→原因メッセージの確認→再開までを見せる。
- 実施(15分): 新人が「止める→再開」の流れを2回繰り返す。声に出しながら行う。
- まとめ(3分): 「異常があった時の報告先(師長/CE/医師)を復唱してみましょう」
6. 1〜3か月の段階的な到達目標とチェックリスト
厚労省のチェックリストが示す『1年後に一人でできる』という考え方を応用し、現実的な習熟度カーブを設定します。日々の業務の中で、この到達表を使い、小さな成長を確認していくことが重要です。
- 電子カルテ:段階目標の例
- 初週:ログイン、担当患者2名の記録保存、決められた経路での検査参照ができる。
- 1か月後:指示受けから実施記録までの基本操作、簡単な修正操作が見守りのもとでできる。
- 3か月後:新規入院患者の初期記録など、少し複雑な業務も見守りがあれば対応できる。
- ME機器:段階目標の例
- 初週:輸液・シリンジポンプの『停止と再開』ができる。
- 1か月後:代表的なアラームの原因を理解し、初期対応ができる。
- 3か月後:院内ルールに沿った日常点検や、関係部署への連絡が自立してできる。
【ツール】1枚で終わる到達度評価シート
7. 院内・外部リソースを活用し、教育負荷を軽減する
- eラーニングの活用: 学研ナーシングサポートなどのeラーニング教材は、院内研修の予習・復習ツールとして有効です。実機での練習と組み合わせることで、学習効果が高まります。
- 集合研修とOJTの連携: 多くの病院が採用しているように、まず集合研修で基本を学び、その後、配属先でのOJTに繋げる二段階の設計が効果的です。
- 臨床工学技士(CE)との連携: 『看護師が触れる範囲』と『すぐにCEに報告するライン』を初日から明確に分けます。CEは機器の専門家であり、安全な運用体制を築くための重要なパートナーです。
8. よくある失敗パターンとその回避策
9. 院内での展開方法:小さく始めて、全体に広げる
- テスト導入: まず1つの病棟で、募集要項の文言修正から初日のオリエンテーション、OJT台本までを2週間テスト運用します。
- 改善: 到達度チェック表の結果を見て、新人がどこでつまずきやすいかを分析し、手順や台本を修正します。
- 横展開: 改善した手順書や動画、各種資料を共通フォーマットとして、他の病棟へ展開します。
10. まとめ
電子カルテやME機器の習得は、『量の勝負』ではなく『設計の勝負』です。候補者の不安を言語化して採用メッセージに落とし込み、初日の体験、OJTの台本、評価シートを通じて『小さな成功体験』を積み重ねる。この地道な工夫が、看護師の定着率とパフォーマンスを確実に向上させます。
- 採用段階で『初日の流れ』を具体的に見せる。
- 初日は『保存1回・停止1回』で終え、成功体験を重視する。
- 操作は『最短ルート』に固定し、『やらないことリスト』と相談先を明確にする。
- OJTは台本化し、指導の質を標準化する。
- 評価はシンプルにし、『明日の目標は一つだけ』に絞る。